バトマンゲリジ博士の著作から(前編)
今回は、蒸留水そのものから少し離れて、 「水がいかに人間の身体にとって大切なものか」ということを、改めて考えてみましょう。 「何を今さら」と思われる方が多いかもしれませんが、 「ほとんどの病気の真の原因は水不足にある」と言ったらいかがでしょう。
……信じられるでしょうか。
今月と来月で、欧米諸国でベストセラーになっているバトマンゲリジ博士(F. Batmanghelidj, M.D.)の著作『あなたの身体は水を渇望している』(Your Body’s Many Cries For Water‥未邦訳)をご紹介します。
母国イランでの救援活動から
イラン人医師、バトマンゲリジ博士は1931年にイランのテヘランで生まれました。
とても優秀な若者だったので、英国に派遣され、ロンドン大学の聖マリア病院医学校で訓練を受けて医師の資格を得ることができました。
その後、母国に戻り、助けを必要とする人々のために医学センターや診療所を設立するべく奔走しました。
ところがちょうどこの頃、「イラン革命」が勃発しました。
博士は運命の嵐に呑み込まれました。
この歴史的な出来事の背後には、悲劇がありました。
当時イランに滞在していたほとんどすべての専門家や創造的な人々が駆り集められ、すみやかに取り調べを行い裁判にかけ、「処理」するために投獄されたのです。
初日か2日目に銃殺される者もいました。
革命政府による裁判は、人物を特定し、罪状を読みあげ、そして刑が宣告されるだけのものでした。
裁判は10分以上続くことはありませんでした。
「処理」されるまでに、時間の猶予が与えられた者もいました。
私は幸運にも後者のグループの1人になりました。
刑務所の権力者たちにとって、私の医師としての手腕が有用であったからではないかと思います。
そのために「処理」が遅くなったのでした。
刑務所という名の 「ストレス研究所」での大発見
「処理」を免れた博士でしたが、過酷なストレス環境の中で生きることを余儀なくされました。
私が2年と7カ月を過ごしたテヘランのエヴィン刑務所は、600人の囚人を収容するように設計されていました。
ところが一時は、8,000人から9,000人の囚人が、まるで缶詰のイワシのように寿司詰め状態になって押し込まれたのです。
革命の熱気が最高潮に達した頃には、さまざまな政治的党派を隔離するために、権力者たちは6人から8人を収容するためにつくられた刑務所の監房に、90人もの囚人を詰め込んだのでした。
3分の1は横たわり、3分の1はしゃがみ、そして残りの3分の1は立っていなければなりませんでした。
数時間ごとに囚人たちは位置を交代しました。
この極限的に過酷な生活によるプレッシャーは、年齢分布が14歳から80歳にまでわたっていた囚人のほとんどに、たくさんのストレスと病気を引き起こしました。
ところが博士はこのストレス地獄の中で、ある大発見をします。
午後11時を過ぎていました。
私は囚人仲間がひどい胃痛に悩まされているのに気づきました。
彼は自分自身では歩くこともできませんでした。
2人の仲間が彼を立たせるために手伝っていました。
彼は胃潰瘍に悩まされており、薬を欲しがっていました。
私が、刑務所には薬をもってくることが許されなかったんだと伝えると、彼はひどくうなだれました。
その時、大発見をすることができたのです。
私は彼にコップ2杯の水を飲ませました。
彼の痛みは数分で消失し、自分自身で立ちあがることができるようになりました。
彼は満面に微笑みをたたえました。
これほどに過酷な環境のなかで、彼が経験した安心感からくる喜びがいかほどのものであったか、想像することは難しいでしょう。
「もし痛みが戻ってきたらどうしたらいいんですか?」と彼はたずねました。
「3時間ごとに、コップ2杯の水を飲みなさい」と私は答えました。
刑務所での残りの生活において、彼はまったく痛みを感じることなく、また病気にもかかりませんでした。
このようなひどい環境において、水が病気を治療したということは、医師の私にとって驚くべきことでした。
私は、水がもっている癒しの力をまざまざと見せつけられたのでした。
それは医学校では決して教わることのなかったことでした。
医学の研究においては、このような観察は一度もされていないのではないかと私は感じました。
◆ ◆ ◆
あまりの痛さに、文字通り死にかけていた患者を治療することもできました。
その時もまた夜の11時過ぎのことでした。
私は患者であるひとりの囚人のもとに出かけようとしていました。
突然、廊下の突き当たりの独房から、静寂を破るうめき声が聞こえてきたのです。
その声のもとに行ってみると、ひとりの若者が独房の床の上で、身体を丸めて横たわっていました。
彼は誰はばかることなく、静けさのなかで腹の底から響き渡るようなうめき声をあげていたのです。
「どうしましたか?」とたずねましたが、まったく反応がありませんでした。
どうにか返答することができるようになるまで、私は彼の身体を揺すってあげなければなりませんでした。
彼は「潰瘍ができていて、死ぬ思いなんだ」と答えました。
「痛みを和らげるために何かしたかい?」と私はたずねました。
彼はもたつきながらも、こう説明しました。
「午前1時から…痛みがはじまった……タガメッツを3錠飲んだ……そして制酸剤を1瓶……でもそれから痛みは一層ひどくなった……」(この時には囚人たちは刑務所の病院で薬をもらうことができました)。
この時までに私は、胃潰瘍については、以前と比べるとはるかに明確に理解していました。
ですが当時まだ気がついていなかったことは、胃潰瘍の痛みの激烈さでした。
それは強力な薬剤によっても止めることができないほどのものです。
合併症がないかどうか腹部を診察した後、コップ2杯―1パイント(0.5リットル)よりも少し多い程度―の水道水を処方しました。
私は彼のもとを離れて、もう1人の囚人の患者のもとに向かいました。
10分後に彼のもとに戻った時には、痛みによるうめき声はもう廊下に響き渡ってはいませんでした。
「どんな感じだい?」と私はたずねました。
「ずっと良い感じだよ、でもまだちょっと痛みが残っている」と彼は答えました。
3杯目の水を与えると、4分以内に痛みは完全に止まったのでした。
この男性は死に瀕していて、意識がもうろうとしていたのです。胃潰瘍薬を大量に摂取したのですが、効果がまったくありませんでした。
ところが今は、コップ3杯の水道水を飲んだだけで痛みがまったくなくなって、きちんと椅子に座ることができ、友人たちと楽しく話をしているのです。
なんとすばらしい発見でしょうか。私はロンドンで、世界で最高の医学の教育を受けていたと考えていたのに。
水が薬になる
こうして博士は刑務所の中で、今まで誰も考えることのなかったまったく新しい医学上の研究テーマに出会い、臨床研究を積み重ねることになります。
それは、「水が薬になる」ということです。
私が囚われの身となった3年近くの間、テヘランのエヴィン刑務所(神が私に与えてくれたストレス研究所)で、ただの水だけを使って、3,000例以上の胃潰瘍を治療しました。
すべては水のおかげです。
水は、誰にとっても効果があり、ありふれていて簡単で、そしてまったく経費のかからない薬です。
私たちの誰もがごく当たり前のものと思ってしまっている水・・・。
医学の専門家たちからは、研究に値しないとして片づけられてしまっていた水です。
刑務所に入れられたおかげで、博士は水について徹底的に考えるようになりました。
その結果、1つのパラダイム・シフトをもたらす仮説を立てることもできました。
今まで医学ではさまざまな生体物質に着目して研究が重ねられてきました。
けれどもそれらの物質に負けず劣らず、あるいはそれ以上に重要なものは、これらの物質を溶かし込んでいる「溶媒」としての水である、ということです。
水に溶けている物質を一般的に「溶質」と呼びますが、「溶質」から「溶媒」である水へと視点を移して、医学をとらえなおしていく必要がある、ということです。
そして私たち現代人は慢性的な水不足状態に陥っており、それが多くの病気の真の原因になっている、ということなのです。
⇒つづく
参考資料 バトマンゲリジ博士(F. Batmanghelidj, M.D.)のホームページ
著書『あなたの身体は水を渇望している』
(Your Body’s Many Cries For Water:未邦訳)